昨年は親族の不幸があり喪中であります。
そうなると日本では一般的に「あけましておめでとうございます」は言ってはいけないというしきたりがあり、私はいつもそれに戸惑ってしまうのです。
「おめでとうございます」と言われれば「おめでとうございます!」と笑顔で返したくなるものです。当然向こうは喪中なんてことを知らず悪気もないのですから「いえ、実は喪中ですので新年のご挨拶は……」などとわざわざ言い返せば空気が凍ってしまいます。
ここはその場の雰囲気で「おめでとうございます!」と気にせず返せばいいものを、何となく罪悪感を感じて「あの……今年もよろしくおねがいします」と歯切れが悪い返しをしてしまうのです。
この罪悪感は一体誰に対して感じているのだろうとその度に考えるのですが、どうも故人に対してのものではなく親戚一同に対してではないかと思うのです。
親戚一同一丸になって新年を迎えさせないぞ、来るな!新年!故人の居ない明日なんて認めない!そんな気持ちで組んでいるスクラムの力を弱めてしまうような罪悪感
それでも無邪気な笑顔で新年はやって来るもんですから、その度に誰かが言った言葉を思いだすのです。
「私の父が死んでも大統領は葬式に来なかった」的な言葉を(曖昧ですがこんな感じの言葉)
それは自分にとってどんなに大きいことが起きても世界は何も変わらずいつも通りに進むということ。外国の誰かが言っていました。もう何もかもぼんやりとしたニュアンスしか覚えていないのですが、何となく心にひっかかった欠片のお話でした。